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東京高等裁判所 昭和50年(う)1732号 判決 1976年7月16日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人水嶋幸子、同川島仟太郎連名作成名義の控訴趣意書および補充書にそれぞれ記載されたとおりであり(なお弁護人らは、控訴趣意第六点は量刑不当の主張をも含む趣旨である旨附加して陳述した。)、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事富田孝三作成名義の答弁書に記載されたとおりである(なお、検察官は、弁護人らの量刑不当の主張は本件控訴趣意第六点に含まれておらず、時機に遅れたものであるから失当であり、仮にそうでないとしても理由がない旨附加して陳述した。)から、これらをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点〜第五点<省略>

控訴趣意第六点(審理不尽、事実誤認、法令適用の誤り)について(補充書による訂正補充を含む)

所論は、これに要約すると(なお、所論には、刑期の計算、仮出獄期間、刑の執行終了時期の算定等につき、明白な誤謬が散見されるが、この点は措くこととする。)、「原判決は量刑の事情として、被告人は現在執行猶予の法定条件を欠如しているので、その刑の執行を猶予することはできない旨判示している。成程被告人には(一)昭和三七年九月二八日宣告の懲役三年、罰金二〇万円(未決勾留日数六〇日算入、罰金換刑率一日当り一、〇〇〇円)、(二)同四〇年一月三〇日宣告の(1)懲役一年二月、罰金三〇万円(罰金換刑率一日当り三、〇〇〇円)、(2)懲役二年四月、罰金一二〇万円(未決勾留日数一七〇日算入、罰金換刑率前と同じ)の各刑があり、右罰金をいずれも納付しなかつたため、以上の各懲役刑及び各労役場留置を引き続いて執行されて、同四六年四月一五日仮出獄し、同四七年六月二六日刑の執行をすべてうけ終つたものであるところ、右刑の執行方法を調べると、懲役刑の執行の間に、労役場留置が執行されているため、仮出獄の日が不当に遅れる結果となつている。しかしながら、刑事訴訟法四七四条、刑法九条、一〇条によれば、労役場留置の執行は、重い懲役刑の執行の後に行うべきものであり、右刑の執行の方法、順序は、前記各法条に違反する。したがつて、もし被告人の前科のうち懲役刑の執行が適法に執行されていれば、被告人は各執行済刑期((一)につき二年と七月と一〇日、(二)の(1)につき八月と二四日、同(2)につき一年と四月)が終了する昭和四四年五月一四日に仮出獄することができたわけであり、かりに刑務所における前記のような刑の執行方法、順序が違法でないとしても、刑法二五条一項二号は罰金刑の労役場留置の執行の終了を要件としていないから、本件につき執行猶予の要件を考察する場合には、仮出獄をした昭和四六年四月一五日より、前記労役場留置の合計日数(七〇〇日)を差引いて仮出獄の日を算定すべきであつて、そうすると、仮出獄の日は同四四年五月八日となるから、その後各仮出獄期間を経過してすべての刑の執行をうけ終つたものとして計算すると、被告人は原判決宣告当時(同五〇年七月一〇日)において同法二五条一項二号の要件を具備していることが明らかであるから、原判決はこの点につき審理を尽さず、その結果事実認定を誤り、ひいては刑法二五条の適用を誤つた違法がある。」というのである。

そこで、所論に鑑み、記録を調査して検討すると、被告人に対する前科調書、府中刑務所総括指紋室より台東区検察庁宛、指紋照会回答書によれば、

1  被告人は、

(一)  昭和三七年九月二八日大阪地方裁判所において賍物故買罪により懲役三年(未決通算六〇日)及び罰金二〇万円(換刑率一日当り一、〇〇〇円)に処せられ、右裁判は同三九年四月一二日上告棄却決定により確定し、

(二)  同四〇年一月三〇日同裁判所において、同罪により(1)懲役一年二月及び罰金三〇万円(換刑率一日当り三、〇〇〇円)、(2)懲役二年四月(未決通算一七〇日)及び罰金一二〇万円(換刑率前と同じ)に処せられ、右裁判は同年二月一四日上訴期間経過により確定し

たところ、被告人は右各罰金を全く納付しなかつたため、所定の換刑率により、その金額につき労役場留置の執行をうけ、以上の各懲役刑及び各労役場留置はひきつづいて執行され、昭和四六年四月一五日右三個の懲役刑につき仮出獄を許されて加古川刑務所を釈放され、その後仮出獄期間を無事に経過し、前記(二)の(1)の懲役刑(同年九月二一日刑執行終了)、(一)の懲役刑(同年一二月一三日刑執行終了)、(二)の(2)の懲役刑(同四七年六月二六日刑執行終了)の順に、ひきつづいてその執行をうけ終つたものであること

2  右懲役刑及び労役場留置の執行の方法ないし順序を見ると、被告人は、

(イ)  昭和三九年九月一一日より同年一二月二〇日まで前記(一)の懲役刑の一部執行をうけ(執行済期間三月と一〇日)、

(ロ)  ひきつづいて(刑事訴訟法四七四条但書に基く検察官の刑の執行順序変更の指揮による。以下同じ。)同年一二月二一日より同四〇年七月八日まで前記(一)の換刑労役場留置の執行をうけて(執行日数二〇〇日)、その執行をうけ終り、

(ハ)  ひきつづいて同四〇年七月九日より同年九月八日まで前記(一)の懲役刑の残刑の一部執行をうけ(執行済期間二月)、

(ニ)  ひきつづいて同四〇年九月九日より同四一年一〇月一三日まで前記(二)の(2)の換刑労役場留置の執行をうけて(執行日数四〇〇日)、その執行をうけ終り、

(ホ)  ひきつづいて同四一年一〇月一四日より同四二年一月二一日まで前記(二)の(1)の換刑労役場留置の執行をうけて(執行日数一〇〇日)、その執行をうけ終り、

(ヘ)  ひきつづいて同四二年一月二二日より同四四年三月二一日まで前記(一)の懲役刑の残刑の一部執行をうけ(執行済期間二年と二月)、

(ト)  ひきつづいて同四四年三月二二日より同四五年七月二一日まで前記(二)の(2)の懲役刑の執行をうけ(執行済期間一年と四月)、

(チ)  ひきつづいて同四五年七月二二日より同四六年四月一四日まで前記(二)の(1)の懲役刑の執行をうけ(執行済期間八月と二四日)、同四六年四月一五日前記のごとく仮出獄し(仮出獄期間は前記(一)の刑につき二月と二二日、同(二)の(1)の刑につき五月と七日、同(2)の刑につき六月と一三日)

たこと

以上の事実が認められる。してみれば、被告人は昭和五〇年七月一〇日の原判決宣告当時、前に懲役刑に処せられ、その執行をうけ終つてから未だ五年を経過していなかつたことは計数上明白であつて、刑法二五条一項二号の要件を欠いていることは明らかであるから、原判決には所論指摘のごとき審理不尽、法令の適用の誤りないし事実の誤認はないといわなければならない。

所論は、右刑の執行の方法、順序について、懲役刑の執行中、その執行を一時停止して、労役場留置の執行をしたのは違法であるというので、この点について検討すると、刑事訴訟法四七四条本文によれば、二以上の主刑の執行は、罰金及び科料を除いて、その重いものを先にするのが原則であり、いわゆる換刑処分である労役場留置の執行については、その実質が自由刑の執行に近似しているところから、その執行については、同法五〇五条により自由刑の執行に関する規定が準用されるのであるから、右刑の執行の順序に従えば、その執行は自由刑の執行終了の後にすべきであることは所論のとおりである。しかしながら、同法四七四条但書は、検察官は重い刑の執行を停止して他の刑の執行をさせることができる旨規定しているのであつて、検察官が右規定に基いて、重い懲役刑の執行を停止して、軽い労役場留置の執行をさせる場合には、検察官において、受刑者に対する妥当な行刑的処遇(例えば仮出獄の資格を早期に取得させるため)、判決の適正な執行の確保(例えば懲役刑の執行が長期にわたる場合、軽い労役場留置の時効の完成を防止するため)などの見地に立つて、適正な裁量のもとに、右刑の執行順序の変更の当否、変更の時期について決すべきものであるところ、記録を調査しても被告人に対する右刑の執行順序の変更に当り、当該検察官において、前記のごとき適正な裁量の範囲を逸脱して、被告人の懲役刑の執行終了の時期を遅延させることを目的とする等、ことさら被告人の不利益をはかつた特段の事情はなんら窺えないから、右執行順序の変更が違法であるとは考えられず、右違法を前提とした所論も、前提を欠き失当といわざるを得ない。(もつとも、懲役刑の執行中、労役場留置の執行を行なう場合には、懲役刑の執行終了の時期が、労役場留置日数だけ遅れることは所論のとおりであるとしても、それだけの理由で、右刑の執行順序の変更が受刑者に不利益であると認めることもできない。)論旨は理由がない。<以下略>

(綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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